2017-11

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

カラスのクロ君にシンクロニシティの極意を教えられる

シダレザクラは開花しています。お気に入りの船着き場のソメイヨシノも開花しました。 
クロ君が子供を連れてきました。雄か雌かは分かりませんが、チビクロ君と呼びます。
クロ君は、チビに気遣いながら、自分の食べるものをチビに分け与えて父親の愛情を見せていました。
カラスとおともたちも三代にわたることになります。
クロ君に常々子供を連れてこいよと言っていましたが、彼は本当に約束を守りました。
私はカラス・カモの鳥たち、コイほか動物達とお話か出来るわけではないとことわっていました。また魂レベルで対応すべきなどエラそうなことを言っていました。
しかし、今回のことて、人類はテレパシー能力を失ったと自信をなくしていますが、動物達、石人間など全ての生命体は、真心で接すれば、思いは伝わっていると知らされました。
人類は、テレパシーという同時的共感、言い換えればシンクロニシティ共時性について、アクティブ能動的に自信を持つこと。
カラスのクロ君にアニミズムの真実を教えられました。
毎日の生活に言い訳や嘘はありますが、心根の底に真心・誠実な謙虚さを持っていれば十分であると思います。
スポンサーサイト

カラスが示唆する宇宙の真実

一年以上、ご無沙汰しての更新です。

私は、十数年前から小石川後楽園のカラスとお友達です。
最初は、いつものようにコイ・カメ・スッポン・カモ・ハト・スズメに食パンをあげていたら、カラスの老夫婦、おやじは頭に白髪交じりが隣に来たことから始まりました。
その後数年ですか、若いやんちゃなカラスが馴れ馴れしく寄ってくるので、クロ君と名づけかわいがっています。
数ヵ月前、4次元:時間について考えているとき、クロ君が寄ってきて好物の唐揚がなくなり、まだおなかがすいているのか、いつも食べない食パンをあげると異様に食べるというより飲込むのです。
クロ君のかみさんは、半年ほど連れてこなかったので、子供ヒナのために異様にため込んでいるのではないかと感じたのです。
この日の前、14年09月30日19時-BS朝日-BBC地球伝説「人間を超えた!?」を見ておりまして、英国の学者が4年前に怖いマスクをかぶりカラスをいじめ脅し、その4年後その場所に同じマスクを付けて現れるとカラスの群れ全体が警戒の鳴声で緊張するといった実験です。
カラスがチンパンジーと同等以上の知能があることは知っていましたが、4年前と同じカラスがいたのかより、群れ全体にその経験が伝達されていたのは、新鮮な驚きでした。

二三ヵ月前、クロ君がかみさんをつれてきました、エコちゃんと名づけることにしました。
カラスのクロ君から学ぶことは、私が人間目線で勝手に友達と勘違いして、ペットのようにかわいがっていたのではないかと、お話が出来るわけではないですが教えられました。
動植物や昆虫等生命体の会話は、音・光・色もあるが「カヲリ:匂い」も同列にあると気づいたわけです。

■4次元:時間について、真空の宇宙にカヲリ:匂いが充満している■
それを現代科学は、ダークマターとかダークエネルギーといって解明しようと努めていますが、始まりと終りの後先にこだわる3次元的時間概念では把握できないでしよう。
なぜなら、宇宙に充満するカヲリ:匂いは、宇宙の意思、生命の希望そのものであり、光速を超えた後先が溶け込んだ4次元的時間概念以上の高次の次元に至らないといけないことを私に直観させてくれたと考えています。
この公園での散策は、このような思索を育む大都会のなかでの小さいけれど大宇宙に直接つながるパラダイムフィールドであると感じています。
ややこしい話かもしれませんが、カラスのクロ君とのついあいは、身近なできごとにとても深い真理が隠されており、それに気付くと元気・勇気という未来の希望がわき上がります。

4次元:時間については、ここまで書いたのですが、どうも虫の知らせと言いますか一晩寝てからアップすることにしました。
一年前の記事でも引用しています『InDeep』さんに訪問してみると興味深い記事がありました。
『宇宙の創造…ひも理論…432Hz…528Hz…ライアー…:数々のシンクロの中で、この世の存在は「音そのもの」であるかもしれないことに確信を持てそうな』2015年03月22日
http://oka-jp.seesaa.net/article/416066198.html
音・周波数・言葉について、たいへんわかりやすいです。
カタカムナも紹介されています。しかし前記事で言及しているように、ヒミコさんはカタカムナがとても難しいのでカタカナを創ったとのお知らせは意味のあることと思います。
音・周波数・言葉についても、引用記事のように科学では認められていません。
膨大な時間を超えてヒミコさんは、判りつつカタカナというヤマタイコク言葉を残してくれたのでしょう。
カタカムナもカタカナも575のような音韻が基準です。
そのようなリズムは、ルドルフ・シュタイナーがいうこの世に受肉した物体生命の健康な有機体維持に欠かせない治癒方法です。
クロップ・サークルや雪の結晶で日常的に知らされているのに、なぜ人類は無視を続けるのでしょうか。
カラスのクロ君が示唆してくれたことですが、上記のブロクで『この世の存在は「音そのもの」』とは、その基本的かつ一部に過ぎないと私は考えています。
人間も含めたこの世に受肉した全物体生命は、科学が大好きな3次元的時間概念、炭素系生命体しかあり得ないとの先入観は捨て去らなくてはいけません。
確かに、この世知辛い世の中で全物体生命は、健全な生命維持に欠かせないリズムから逸脱しながらも一生懸命生きながらえているのが不思議なことでもあります。
当ブロクのテーマである共生共死は、肉体を失った死後の世界があり、恐れるものではなく、見えないが身近にあるものとしています。
最近大河ドラマで『こころざし:志』をよく聞きます。
この志とは、受肉している現世では健康なリズムに宿るかもしれませんが、死後の世界でも志により選択すべき道があると言えます。
要点は、真空の宇宙には、志・意思・思いという物体になる以前の存在エネルギーが満ちあふれていると言うことです。
3次元的時間概念で表現すると、カヲリ:匂いとなります。
カタカムナ・カタカナの575のような音韻は、香るような志・意思・思いを和歌のように現しています。
カヲリ:匂いは、非空間・非時間性に位置づけられ、言い換えれば同時性シンクロニシティ、平等性になります。
カヲリ:匂いについてとんでも理論を述べております。しかし、ミクロコスモス小宇宙の代表例であります人間の肉体は、T細胞・免疫体のようにカヲリ:匂いを媒介として瞬時に対象に接近します。
犬やハトの嗅覚は、近い将来研究が進み、同様な性能のセンサーデバイスも安価に供給されるでしょう。
但し、嗅覚センサーの開発目的は、志・意思・思いとの整合性にあり、言葉・文字のような膨大な暗号解読が必要となります。
でも、その答えを既に私たちは知っているはずです。
それは、他者を思いやる愛・やさしさ、愉快と不愉快の区別でしかありません。
一晩寝てから、追加が長くなりました。

西洋では、クロウ・カラスの映像検索はほとんど悪魔の化身ばかりです。
我国でも八咫烏・ヤタガラス神話は、宇宙の邪悪な存在による意図的なすげ替え伝説によって、ねじ曲げられた子分のような存在と私は思っていますが、クロ君のような純朴なカラスも大都会のなかで懸命に生きています。
縄文の心根を持った人以外、カラスとお友達になることはあまりお勧めできません。

都心の公園で、十数年野生動物に月に3回ほど訪れ食パンをあげており、唐揚はカラスだけです。
野生動物への餌付けは、東京都並びに環境省が控えるよう、罰則無しの啓蒙を広報していることはよく承知しております。
従って、この記事は餌付けをお勧めする意図ではありません。
私は、野生動物との付合い方に、ある信念を持っております。
野生動物植物を愛する方々は、写真ウォチングを趣味にされている方が多いと存じております。
そのような方々に何の異議も在りません。
私の信念とは、野生動物は家畜ではない彼らの自由意思において自然の摂理に生きている。
言換えれば、餌付け行為は彼らの自由意思を尊重すべきであること。
彼らの生存行為の範囲内に留める良識がいる。
このブロクのテーマは、共生共死ですが、その対象は野生動物も含みます。
花鳥風月森羅万象に魂が宿るアニミズム、全ての生命体、無機物・珪素系生命体(石人間)を含むものを人間と同等に人格・意思を尊重することは、一年前のブロクにて言及したとおりです。

あえて自然愛好家や保護団体の「餌付け」の定義に疑問があり、西洋価値観などの人間至上主義があるのではないかと思っています。
大都会の野生動物、特にカラスのような嫌われ者を愛している変人かもしれませんが、カルガモのような人気者と分けへ隔てなく、希少種のみを追求しウォチングと言うよりか視覚的ハンティングを志向するのでなく、魂レベルでの共存が求められているのではないでしょうか。
餌付けとは、私にとって大企業のサラリー給与受領者がイメージに浮かびます。
極論ですが、無自覚に餌付けされれば奴隷化家畜化することを意味しているし、そもそもそれが飼い慣らし目的の行為を指し示している。
だいぶ飛躍したお話かもしれませんが、野生動物の保護行政は、人間を含めた他人事でないはずです。
世界に国立公園の理念を確立させたジョン・ミューワ(1838 -1914年)さんのシエラネバダへの愛情の原点に立戻りたいものです。

この記事を書く気になったのは、昨日の出来事です。
クロ君とタエちゃんとあっていたときなのですが、入園者が多いときカラスは、緊張警戒します。
どうも私の見立てでは、カラスは一瞬にして人間の性格を見抜き判別しているのではないか。
『カラスは、人にはなつかないさ』と聞こえました。視覚障害で左目だけ霧のなか詳細は判別できないため誰が話したのか判りません。
カラスは、野生の動物であることは確かでしょう。
常識通念の先入観で身の回りを判断することは当然ですが、異常気象の昨今、自然への先入観は少しだけ謙虚・素直に受け止めた方が良いと考えています。
なにも地震・噴火の災害だけでなく、身の回りの見過ごしている小さな自然、カラス・雑草など一杯あります。

そうそう、付け加えておきます。
小石川後楽園は、池の水質汚濁防止のために、コイなどの餌やりに注意を喚起しています。
売店で餌として、麩(ふ)を販売しています。弁当の食べ残しを餌などとして与えると脂質分が多く水質浄化を低下させるためです。
私は、市販の食パン(最安値のスーパーで一斤75円)を常用しております。
さて、油脂成分含有量です。
麩(ふ)3.4g 食パン4.4g とほぼ同等です。
カラスは、食パンのみでは食べません。
カラス用は、私の好物と同じ自作の唐揚げです。
私の弁当は、最近タエちゃんも一緒に来ると私の食べる分は1/3になってしまいます。
私も含めたクロ君とタエちゃんとの弁当を分け合えることは、とても楽しいひとときです。

それでは、またお会いしましょう、ごきげんよう。

共生共死・宇宙の真球と魂が示すもの

共生共死・宇宙の真球と魂が示すもの

今日は緑(ろく)です。去年の3月以降、1年半ぶりのブロク更新です。
ブロク・タイトルとリードを「地域コミュニティの元気再生へ」から「共生共死・宇宙の始源」に変更しました。
ブロク休止中に、人生観を根源より変革する情報に接したことと、難病により認定障害者になりました。
11年3月11日の数日前に発病したのに、半年も病院に行かなかった、自業自得の結果ですが。
なにからお話しして良いのか、先ずは近況を含め、共生共死を主題とした、宇宙の始源とは何かについて述べることにします。

●1.ブロクの前提について
私の言説は、科学に基づくものではありません。最新科学の引用が多々あるかと思いますが、おおむね科学が究明できない事柄についての考察がほとんどです。
「直感」と「直観」を使い分けています、「直観」がほとんどですが、それでは文章にならないので推理・考察などで補足しています。
「直感」とは、推理・考察などによらず、感覚的に物事を瞬時に感じとること。
「直観」とは、推理を用いず、直接に対象を捉えること。一般には感性的知覚をいうが、直接的に全体および本質をつかむ認識能力、プラトンの「イデアの直観」などです。

●1-1 珪素系生命体情報について
当記事で、珪素系生命体情報と言っているものは、端的に言えば、全宇宙の物質、極大は宇宙の始源、銀河、恒星、惑星、流星から、極小では分子、原子、ニュートリノに至るまでの、無機質、鉱物にも意識、意志のある生命体であるとの宇宙・世界観です。
ただし、従来の神概念での絶対的存在ではなく、支配を否定しています。
この宇宙観では、太陽系地球は、宇宙の始源:大元が創造し、人類は、珪素系生命体である石神が、宇宙の銀河や星々の協力の基に創造したとする。
人間を創造した当初は、平和で平等であったが、それを妬み支配しようとする宇宙の強力な王・女王的存在が関与し、その部下である龍体や蛇体の生命体により、支配と隷属、戦争による人間の魂エネルギーを食料・糧とし、それをゲーム化した遊びを楽しんだ。
それら邪悪なもの達は、支配のために宗教や王政を造ると共に、死への恐怖を植え付けるために地獄を造った。
邪悪なもの達の最も注力したことは、人間を創造し、共生した石神の存在を人間の歴史から一切消し去ることであった。
太陽系地球の歴史時間軸や、人間が猿から進化したなどの化石資料さえ捏造するほど、王・女王的存在は、未来予知や仮想空間の実体化等強力な能力があるそうです。

このような一見して雲をつかむごときおとぎ話は、約百年前での心霊研究の巨大な先達が新たな知見、新世界観を示した際、多くの人々が反応した、未知への恐怖の反動として、気違い扱いしたことと同じ様です。
今では、王・女王的存在の影響化を免れ得なかったことが、世界のシャーマン達に知られつつあります。
前20世紀末を境に、神秘学と最先端科学が相まって、未知の領域が顕在化しつつあります。

古代のアレキサンドリア学派、15世紀前後のルネッサンスに匹敵し、更に上回る文明の大転換を予感させます。
この珪素系生命体情報は、各人が主体的に接近するものと理解しておりますから、筆者としては、積極的な紹介、誘導が目的ではありません。

文中でも言及しておりますが、当情報は、宗教を原則否定しており、特定の教祖などを崇めることが支配と隷属を生じるとしています。
従って、当記事の言説は、一切の思念誘導を図る意図はありませんので、当情報に限った義:何が正しい道なのかを論ずることはいたしませんので悪しからず。

参照サイト
【地球の謎解き】
参照サイトの「このサイトについて」に概要があります。

●1-2 宇宙の3次元物質で高度化する順位について
参照サイトでの用語は、注意深く特別な呼称を用いています。当ブロクでは、そのままの呼称を使用せず、私独自の呼称としいおりますので、文責は私にあります。

珪素系生命体情報という用語に関して説明します。
私が勉強していた結晶学は、既に相当前になりますから、最近の 知見は除きます。
しかし、基本的なことです。

分子とは、2つ以上の原子から構成される電荷的に中性な物質です。
三次元で安定した固体分子は、結晶化しますと一定の構造形態となります。
高分子量より低分子量のものが明解な構造となります。
人類が知っている生命体は、全て炭素分子からなっています。
今はあまり見かけませんがテトラパック牛乳 とか、紅茶パックの形です。
正四面体の面と面を単純一定に接合していきますと螺旋型になります。
炭素の四面体だけで形作れるものは、DNAの様な螺旋形、カーボン・チューブやボールが 知られています。
生命体か鉱物かと言われるウイルスも炭素から成っています。
このように、分子形態から、結合して複雑な形態になる度合いを、 複合度と言います。

宇宙で知られている単一原子から成る分子で、 最も複合度の高いものが、炭素です。
従って私は、宇宙の生命体は、複雑な形態の可能性が最も高い炭素系が、 生存競争というか、確率論的に生命となったと考えていました。
宇宙人すべてが炭素系であろうと学生時代思っていたのです。
しかし、当時冗談だったのですが、岩石人間もいるかもしれないと 言っていました。
それは、複合度の高い2番目が、珪素・シリコン系だったためです。
珪素系の基本構造は、6面体マッチ箱がひしゃげ側面が斜め菱形です。

学生時代の冗談が、珪素系生命体情報:ソラ情報に接して、これはあり得ることではないかが取っかかりの初めです。
いま思えば、ミヒャエル・エンデの「はてしない物語・ネバーエンデング・ストーリー」の岩石人間「ロックバイター」が鮮やかに浮かびます。童話:メルヘンは、時々究極の真実を語るときがあるように感じます。

●2.宗教の呪縛から解放されたい願いの一例
今私は、1500年以前の日本、仏教に犯される以前に戻りたいと希望しています。
この決めつけだけでは、分かりづらいでしょうが、当記事全体の通読により、ご理解いただければ幸です。
また、稿を改めて述べていきたいと思っています。

珪素系生命体情報に接して、驚天動地の心境、大変な衝撃を受けました。
放心状態から抜けだし日常生活に戻れたのか、仮面をつけて生き延びているのかは分かりません。
本音は、激しい怒り、あってはならない現実に対する悲しみと希望の魂との間で、一瞬一瞬を生きながらえているのです。
この発想が根本的に間違っているのですが、高貴なる責務:ノベリス・オブリュージュと言う犬も食わない根拠のない自信と自尊心が、真実から遠ざけているのです。

●2-1 マンダラの嘘実
古代日本の山川草木に神宿る根源を、仏教がマンダラ、「金剛界曼荼羅」「大悲胎蔵曼荼羅」の二つで全く上手にすげ替えています。
詳細に説明すると、虻蜂取らずになるので、要旨のみにします。
宗教・仏教等を否定する言説をしますが、後述するように99%は真実と私は認めています。しかし、1%によるオセロゲームの最後の一手で黒白がひっくり返ることに着目しているのです。
千年、数千年の歴史の結果で示されいてるように、平和で平等な世界は今だ実現していません。

金剛界とは、金剛石はダイヤモンドに代表される非常に堅い宝玉で、ダイヤは炭素の結晶です。
このマンダラは、生命体は炭素系だけ、炭素系生命体の太陽系地球の人類が、一つの砂粒・ダイヤでも全宇宙を内在し代表し、太陽と同等の霊力パワーが在るとしています。
これは、真実であると私は考えていますが、珪素系生命体である、ニュートリノ・原子・分子・鉱物・惑星・恒星・銀河・全宇宙が意識ある生命体であることを人類史から封印した。
目玉おやじ、一反木綿、カマイタチなどから、地震大地神、雷神、火神、風神、水神、その他八百万の神々というか、彼らの意志、意識を無視することを強要した。

もう一方の大悲胎蔵マンダラは、これはルドルフ・シュタイナーの言う太陽系の霊的発展過程、水星期や木星期・土星期の位置づけの間違いを超えて、現下の地球期がサタン・悪魔・偽の時代であることは正しい指摘である。なぜなら、この胎蔵マンダラは、地球生命・人類の社会構造・支配のための精密かつ完璧な手法と体制が立体的も含め示されている。
これほと人類の支配の具体的完璧な体制手段を、釈尊と言うより、誰が何の目的で成文化したのだろうか。
胎蔵マンダラは、軍事を司る仏、政治、司法、広報、農業、貧民救済等現代国家の全てが体系的に一枚の絵に集約されている。
これほど人類管理に精通した理論体制にもかかわらず、どこにも人類と地球・宇宙の善きなる活きる目的と在るべき世界観を実現する手法が明示されず、権力者に集中しているのみで、優れた理論も用いる者の勝手となる。

●3.地球期の終焉
珪素系生命体情報は、地球期の終焉を期待させる。
もし、1500年前に、我が日本が地球期の洗礼を受け、たかだか2千人の唐人に占領され、過半が奴隷となった歴史が、今また現下直ぐに在ったとしても、我がヤマタイコク言葉を真に受け継ぐ者は、例え僅かな人数でも、その魂、地球と共に活きていくでしょう。

空海、出口王仁三郎、浅野和三郎の諸先輩を、私は全面否定しません。
なぜなら、彼らが根本本質的に宇宙史に間違った人生を過ごした結果責任は、先に述べました地球期の人類のお知らせ役*と思うからです。
この言説は、一重に私の自己否定する知識経験から発するもので、歴史は、嘘は嘘、嘘で人格形成された己を顧みる衝撃を、誰とでも話し合いたいものです。

注:お知らせ役 
珪素系生命体情報の原典「地球の謎解き」:ソラ情報の特別な用語を使ってしまいました。ソラ情報での意味づけを私が拡大解釈したもので、歴史的影響力の巨大な方に使用すべき表現ではないでしょうが、私なりの評価です。
参照サイト
 ソラ辞典 お知らせ役

●4.魂とは
お話は、変わりますが
珪素系生命体情報では、人間は「3位1体(1 肉体、2 魂、3 潜在意識)」で成り立つと知らされています。
私は、この間「魂」とは何かを考えてきました。
新情報に接して、まだ半年にもならないのですが、去年の311以降、さらに今年の気象観測以来の異常現象など、珪素系生命体・地球などが人間に何を伝えようとしているのかを考えてしまうのです。
少年以来、雲・雨・日差し・木漏れ日・山川草木・花鳥風月などと、お話ができるわけではないですが、ぼんやり一緒にいることが大好きです。
10年来、近所の小石川後楽園にたびたび行きます。

●4-1 小石川後楽園
この間、そこで魂とは何かと、ボッーと考えているのです。
大池:大泉水のほとり、船着き場がお気に入りです。
厚切り食パン3枚持参で、鯉・鴨・鳩・雀・亀・スッポンがいつも寄ってくる常連友達で顔を覚えています。
5年ほど前までは、カラス:烏2匹も友達だったのですが、東京では烏に餌をやらないし、人に近づいたら追い払うようで、どこにいったやら、遠くから見ているのかも。

お気に入りの船着き場正面に、中島:蓬莱島があり、亀の形をしています。
小石川後楽園は、江戸時代初期に水戸徳川家の祖である頼房が、江戸の中屋敷、後に上屋敷の庭として造ったもので、二代藩主の光圀の代に完成した池を中心にした回遊式築山泉水庭園です。光圀は作庭に際し、明の儒学者である朱舜水の意見をとり入れ、中国の教え「(士はまさに)天下の憂いに先だって憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ」から「後楽園」と名づけられました。
亀の形をした中島:蓬莱島の頭は南東向き、尻尾は北西です。島中央に小さな社があります。この社の由来を管理者に尋ねても知らないそうです。

私は、徳川家康とは、騎馬民族系日本原住民である四つ・エタ部落出身の世良田二郎三郎が成り代わったとの八切史観を信じています。
従って、彦根藩牛ステーキが大好物だった、光圀もエタの血筋・記憶が新鮮なときの作庭であったのではなかろうか、明らかに反仏であるための儒教のように思われます。
しかし、徳川3代目以降、仏派と皇統派との融和策に転じていきます。
四つ・八つ・エタ部落出身たち日本原住民は、石神と共にあったのですが、奴隷から権力を握ると同胞達を見捨てて、龍体を崇める側につくようです。

なぞの小さな社に、礼をもって拝するのは、どうも私一人だけのようです。
小さな社の正面軸線上には、私の見立てからは石神由来の要石が適所に並んでいます。
初期の庭師、徳大寺左兵衛だそうですが、大池の護岸石組が平成の大改修として完了したばかりです。
現代の石工さん達が汗を流してがんばっていました。
亀島を囲む大池の石組み湖岸は、現代のストーンサークルになるように石神さんに応援をお願いしています。
大都会にあって貴重な自然のオアシスですが、ひとつ残念なことは、直ぐ隣が東京ドームで、どうもおそらく宗教団体の集会なのでしょうか、大音響での賛歌が、たびたび聞きたくもないのに流れてくるのです。
人がせっかく自然と静かに接しているのに、直ぐ隣では龍体に囚われた群衆が地獄からの叫びの様な歌を唄っているのです。
なんと因果な場所と思いつつ、囚われの人々を龍体から解放されることを願うのみです

●5.宇宙の真球・臭い、魂・タマ
私は、学生時代から建築をギリシャ哲学や古代エジプト学:始原イルミナティの西洋的系統と伊勢神宮・出雲大社・秋田鹿角大湯ストーンサークル・広島比婆山ヒラミツト・丸石神等の日本の系統について、並列的に追求してきました。そしていつか大統合出来るのではないかと夢見てきたのです。
珪素系生命体情報は、その見果てぬ夢を叶えてくれる取っかかりを予感させます。

●5-1 宇宙の真球についての情報
学生時代、人間が居住すべき究極の建築形態は何か、それは子宮・コクーン繭であるし、衣類であろう。衣類ならば、一本の糸からなる編み物ニットか、縦糸と横糸からなる織物テキスタイルであろう。
小学生のころからミシンと編み物がなぜか好きで母、姉に教えてもらっていました。
一次元のニット、二次元のテキスタイル、次は三次元の建築です。
大阪万博お祭り広場の大屋根は、宇宙船地球号で知られたバックミンスター・フラーによる単ワックスマン・タイプの立体トラスで出来ています。
このスペーストラスの柱状梁がジャッキの様に伸び縮みすれば、ニット・テキスタイルのように変幻自在の空間が出来るだろうと夢見たわけです。

スペーストラスの研究は、その基本形態の追求に繋がります。
プラトンの立体を勉強していきますと、コペルニクスやケプラー等に繋がり、太陽系惑星が神聖幾何学と言われる、太陽・地球・月・惑星の距離、公転周期、自転周期が確率論的に説明できない、あまりにも正確密接な関係性が在ることが判明しています。
その根源が、プラトンの立体と言うよりか、三次元上の理念的基本形態なのです。
この学生の時は、宇宙で人間は、真球といえるものを発見していませんでした、
現在では、炭素分子球状フラーレン(バックミンスターフラーレン分子:C60は、粒子と波動の二重性が実験的に観測された最大の粒子など)、これが真球であるとの学説は知りませんが、おそらく真球か。
次に引用するIn Deepさんの記事で、電子と太陽が真球であると知りました。

『私たちの太陽が「宇宙の中で最も完全な球体」であったことが判明してショックを受ける科学者たち』120818

▼概要引用
英国テレグラフの「電子がほぼ完全な丸に近いことが突き止められる」という2011年5月26日の記事
英国のインペリアル・カレッジ・ロンドンの研究者たちは、電子の形について、これまででもっとも正確な計測を施した。そして、その結果、電子がほぼ完全な球形であることが判明した。
その亜原子粒子が 0.000000000000000000000000001センチメートル未満の、ほぼ完全な丸であることが確認されたのだ。
これは、言い方を変えれば、電子を「太陽のサイズ」にまで拡大したとしても、その円形の誤差の範囲は髪の毛一本の中に収まる程度の誤差となるほどの完ぺきな円であることを意味する。

私たちの太陽がほぼ「完ぺきな円」だったということがわかり、その正確な数値を計測した科学者たちの間に少なからぬショックが走っている。
太陽は28日周期で回転し、また、堅い表面を持っているわけではないので、正確な測定は難しかったが、今回、ハワイ大学のジェフリー・クーン博士 (Jeffrey Kuhn)は、 NASA の 太陽観測衛星ソーラー・ダイナミクス・オブザーバトリーに搭載されている太陽観測装置であるヘリオセイスミック・アンド・マグネティック・イメージャー( HMI / Helioseismic and Magnetic Imager )を使うことによって、太陽の円に関してのこの驚くべき発見をした。
太陽の直径は、140万キロメートル(1,400,000 km)だが、赤道付近の幅の違いは、たったの10キロメートル(10km)だったのだ。
これは、太陽を直径1メートルのボールと置き換えて考えると、赤道付近の東西と南北の直径の差が、1700万分の1メートルしかないということになる。
これは、私たちの太陽がこれまで計測されたあらゆるものの中で最も丸い物体だということがわかったことになり、そのことに天文学者たちは驚いている。
同時に、太陽の表面は考えられていた状態より驚くほど均一なものであることもわかった。
クーン博士はこのように言う。
「長い間、私たちは自分たちの変動している計測結果を信じていたが、しかし、今回の新しい結果は、それまでの考えとは違う何かを私たちに語っているのかもしれません」。
▲引用終わり

●5-2 宇宙の臭いの情報
この情報も、In Deepさんからです。
「それは焼けたステーキと金属の匂い」と語る NASA の宇宙飛行士たち 120724
▼抜粋引用
なお、お気づきかと思いますが、この「匂い」の話はあまり深く入り込むと、「ほぼ真空であるはずの宇宙空間」という問題にまで発展するので、適度に止めておいたほうが無難な話なのかもしれません。真空に近い空間が広がる(とされている)宇宙に「服に付着するほどの量の匂いの粒子が広がっている」ということには「強い矛盾」が生じる可能性があります。
また、それは「宇宙は真空ではない」という概念にもつながってくことになりかねないですので、そのあたりは今回はふれないで、事実だけをご紹介します。
◆中略

宇宙遊泳から戻ってきた時に宇宙服と機材に強い匂いが染みつくことは、宇宙ステーションで任務についている飛行士たちからよく報告されていた。
そして、宇宙空間を宇宙遊泳した宇宙飛行士たちは、一貫してその「宇宙の独特な匂い」について語る。
宇宙服を着ている間は、宇宙服内のプラスティックの匂いにより外部の匂いを感じることはないが、宇宙ステーションに戻った後に宇宙服を脱ぎ、ヘルメットを取ると、彼らは強烈な匂いを嗅ぐことになる。
その宇宙の匂いは、宇宙服のスーツ、ヘルメット、手袋、そして機材すべてに染みつく。
これらの匂いは、真空の近い宇宙空間の中の原子酸素であると考えられる。原子酸素は粘着性の粒子で、それは、焼いたステーキや、あるいは熱せられた金属や、溶接の際に出る煙のような強烈な香りを持つ。
NASA での宇宙飛行士の訓練のために、地球上で「宇宙の匂いを再現する」という作業をおこなっているスティーブン・ピアース氏によると、宇宙の強烈な匂いのうちの金属的な匂いに関しては、イオンの高エネルギーの振動から出るものかもしれないと述べる。
▲引用終わり

手短に感想を述べます。
この臭いは、宇宙ステーションの高度、300~450kmの宇宙空間だそうです。
大気圏の最上層である熱圏80~kmは、大気の分子は太陽からの電磁波や磁気圏で加速された電子のエネルギーを吸収して一部が電離している。
オーロラが生じる層でもある。
熱圏ならば、イオンの臭いなど考えられる。オーロラの臭いは、さらに月や太陽系惑星の臭いは、どうなのか知りたいものです。
要は、現代科学では真空宇宙で船外活動の際、真空をビンに採取して分光解析しても、臭い分子・原子・ニュートリノが検知できず、科学研究対象になり得ず、お手上げと言うことです。
太陽が真球であることと同様に、現代科学では何も出来ない状況です。

現代科学とは、2百年位前になんとなく確立した科学至上主義であって、言ってみれば虚構の上に積み上げた幻想のしろものでしかないという、側面があります。
それに囚われなければ、人間は五感及び霊感の宇宙最高の感受センサーと言われていますが、その臭いに関して、既に答え・方向性を出しているのではないか。
それは石油・油の臭い、ステーキのような焦げた鉄板での甘いと言った表現です。
私の世代、幼年期まだ自動車が少ないころ、マフラーからの排気ガスの臭いにつられて後追いをした記憶がよみがえります。
石油も石炭も天然ガスも、太古の炭素系生命体、有機物が高温高圧で生成された天然死骸発酵蒸留酒みたいなものと考えれば、そんなに驚きうろたえなくても良いのではないか。

この宇宙の臭いは、人間を筆頭にした炭素系生命体全ての揺りかご:地球において、死後初めに行くとする珪素系生命体情報による、成層圏・熱圏が思いうかぶ。
オーロラが発生する熱圏あたりで炭素系生命体の肉体物質はもはやなく、霊魂は太陽風にあおられて、プラズマを超えて分解し、真空の宇宙へと流れ出る。
そこで初めて珪素系生命体と融合できるのではないか。
臭いとは、次項で考察する、科学が検知出来る分子・原子に根拠するものではなく、潜在意識・魂に根拠する生命の活きる意志そのものである可能性が発想される。

●6.宇宙の真球と臭いが突きつけるもの
それは、虚構の世界観・宇宙観を素直で正直なものとして、宇宙の始源・大元へ返すことではないか。
ここ数年、十数年、数学や宇宙物理学が飛躍的に発展していますが、根源的な矛盾の壁、崖際に立っており、後一歩しかないと思っています。
超先端、天才の科学者ほど、コップの中でのお遊びをやっている場合ではないと、発狂するか社会不適合の仙人にならざるを得ないお話を耳にします。
他人事の評論は、止めて具体的に考えてみましょう。

●6-1 先ず結論から
結論から述べれば、宇宙の生命体は、意識・意志・魂を持っているものであることを認めること。

もう炭素系生命体を火星や土星で見つける試みは、無駄な間違いであることを認めること。

珪素系生命体である石神が・人間を創造したという説が証明されたからと言って、またぞろ新たな神の出現、新宗教にすがり帰依することは、宇宙の始源が望むものではない、全ての生命体が平等である原則に立ち返ることがとても大切なことと、私は感じています。

地球で全生命体を再発見することに全力を注げばよいので、始源の大元に帰るべきなのです。

●6-2 魂とは
珪素系生命体情報では、人間は「3位1体(1 肉体、2 魂、3 潜在意識:イシキ)」で成り立つと知らされています。
私は、霊魂とよく言われますが、心霊研究で西洋東洋も含め、魂がどうもよく分からないのです。
大和魂のような民族を基盤とした、生命運命共同体の根源的よりどころであると言われれば、それもあるでしょうねと否定はしませんが、民族魂は死後世界では、早めに無くなり、民族を超えた平等の魂になると言う説を信じています。
民族魂は、人間中心的な普遍性のない魂と考えているのです。
珪素系生命体情報が伝える「魂」とは、より根源的普遍性のあるものを示唆していると考えてきました。

ここで、太陽と電子が真球であった情報が、私の魂をゆさぶるのです。
この考察は、科学に準じませんので、あえてお断りしておきますし,私の独断です。

さて、魂をヤマタイコク言葉から接近してみますと。
タマ・玉・球が最も直接的な連想です。
タマにラ行活用を試みてみます。正式なラ行変格活用ではありません。
タマ・ラ 堪らない、たまらん、エネルギー・情動が一杯になって、こらえきれない様
タマ・リ 溜まり、エネルギーの流れが一箇所に滞る様
タマ・ル 貯まる、エネルギーが集積される様
タマ・レ 貯まれ、堪れ、エネルギーが集まるように、こらえきることを命ずる様
タマ・ロ これは素直に思いつきませんが、タマロオ~タロウ、もしかするとエネルギーに満ちた男のことか?
このラ行活用から、生命エネルギーの状態を示しているのではないかと思われます。

ところで、ヤマタイコク言葉と言っておりますのは、珪素系生命体情報の原典・ソラ情報のヒミコと若者が考え出した文字「カタカナの意味」によっています。
ホツマツタエ、カタカムナに関して、大和言葉研究が多々ありますが、参照する説が私の知るかぎり、圧倒的な説得力を感じます。
ソラ辞典「カタカナの意味」

タマに関して連想するのは、玉子。
更に、珪素系生命体情報からは、オ タマ ジャクシが良く出てきます。
石上鎮魂法、十種の神宝について、次の解釈例があります。
生玉 (イクタマ)= 生きるのに苦しい時には “ストーンサークルの石” に祈りに行きなさい。
足玉 (タルタマ)= 食べ物が足りた時にもストーンサークルにお礼をしなさい。
魂を考えるに、生命エネルギー・情動、玉子・卵、食べ物と言った一連の命の維持に係わるものであると思われます。

数千年、千数百年前に、邪悪な王・女王的宇宙存在が、龍・蛇人間を使役して、太陽系・地球を支配したと述べましたが、その空想上「龍」の伝説について、龍と玉は描かれたものも含めみなさんもよくご存じと思います。
あの玉とは、人間の魂なのです。マヤの生け贄の生きた心臓、人間の活きるエネルギーそのものが、龍神の存続の糧なのです。
西洋では、玉より指輪で表現されることがおおいようです。

●6-3 星冠8面体
真球の太陽・電子と魂の関連を説明する目的ですが、プラトンの立体、星型2重正4面体(スター ダブル テトラ ヒドロン)または星冠8面体、これは、正8面体を星型化したもので、ケプラーが発見した多面体ですが、詳述すると、ただでさえ分かりにくいのが余計混乱しますので、
概要のみとします。
▼「神聖幾何学すらも超えて」より

星型8面体

●6-4 マーカバ解釈
ケプラーの星型8面体について、マーカバ解釈があります。
マーカバ(Mer-Ka-Ba)と呼ばれる人体の精妙な体(*Merは光、Kaはスピリット、Baは肉体の意。)、二つの正四面体が双貫したかたちであることから、二極性(女性性・男性性、陰陽、天と地など)のバランスを現します。
マーカバ解釈を補足しますと、この上下の正4面体を平面化すると、ダビデの六芒星になります。
六芒巴はーと

    六芒星            巴紋(右巻)            ハート

また、正4面体の立体を動的に捉え平面象徴化すると、巴紋となり、更に巴をメビウスの輪の変換をするとハート型になります。
ハートの立体は心臓そのものでもあります。
魂はハート:心臓に宿ると言われますが、心臓移植によるドナー人格の転移について、現代医学も壁を乗り越えなければならない時にあります。

●6-5 プラトンと真球
現代科学の基礎とも言えるプラトン哲学ですが、古代の真実に立ち向かう自由な気風が感じられます。
プラトンは、宇宙を三次元で純粋な幾何学より発想すると、真球に内接する同一形態の多面体が正4・6・8・12・20面体しかないことを発見するのです。
ここで注目しておくべきことは、幾何学上の真球に内接していることが前提であることです。ギリシャ哲学が真球を究極の神聖形態であることを前提にしていたと想定できます。
西洋人にとって、真球の実在物体は、神の顕現に等しいことと考えて良いでしょう。

それからすると、太陽と電子が真球であることに西洋人科学者がうろたえていることは、良く分かりますが、全宇宙生命体の観点からオタマジャクシの卵の球体と相対的類似性は、本質において何ら変わらないと考えるのは、東洋人、なかでも日本人の正直な受け止め方でしょう。

太陽の大きさ、自転による赤道の遠心力膨張、太陽系に及ぼす未知のエネルギーも含めた影響を既知の科学で説明しようとするのが無理なのです。
しかし、宇宙の臭いでも述べたように、現実に朝になれば朝日として地平線から登ってくるのです。
それを我が人間の共同幻想と言っても何も解決にはならないでしょう。

●6-6 十一面観音の真偽
仏像に十一面観音があります、ア・タマ:頭の上に十一の仏が乗っている仏さんで見たことがあるのではないでしょうか。
本当に仏教というのは、嫌らしいと言いますか、宇宙に11次元があるという究極の真実を我々に示しているのです。
まして、ア・タマ:頭の上に表現しているとは、人間の魂は、十一の仏の支配下なのでしょうか。
イルミナティやメーソンリーは、それを天使階・神階級とし、大将・中将・少将の3段階に分けて33階級にしているのです。

三次元の我々が次元上昇したとしても、三次元の顕在潜在意識・認識は一切通用しないと私は考えていますから、11次元の天使・神・仏などは、たとえあったとしても意味がないと思っています。
我々に意味のない宇宙の真実を知らせて、本当に大切なことから遠ざけているのです。

●7.宇宙の真球の意味
太陽・電子が真球であればあるほど、言い換えれば点でもあり、一次元存在とも言えるのです。
太陽が真球であることと、電子:アトムも真球であることは、宇宙は極大から極小まで相似性がある。
科学で追証明出来ないから、在り得ないと思考、意識、認識を拒絶することは、現下の悲劇的世界を許容することであります。
それらの科学至上主義的文明視点からは、宗教とか神秘主義:オカルトと蔑み排除してきたことが、前述した悪魔・龍体が支配する地球期とシュタイナーが位置付けたと理解出来るのです。
一次元の点は、宇宙の始源・大元そのものを指し示しているとも捉えられるのです。

●8.「シリコン融合化文明」とは
古代、中世以降の歴史の全てが、権力者・支配者に都合の良い捏造であることは、ここ数十年の珪素系生命体の関与と言うか、私の造語「シリコン融合化文明」の帰結と思っています。
パソコンのシリコンチップによるワールド・ワイド・ウエブ:全地球電脳網の、同時・共時性:シンクロニシティによって、何が大切な情報なのか、各個人が判断できる真っ当な状況が明らかになっています。

99%の真実も1%の嘘で成り立つ宗教や王室、その番頭や子分のマスコミや御用学者に支配され、我々は数千年過ごしてきたともいえます。
99%の誠実な労働も1%の支配者への奴隷労働であることに、気付かず数百年が過ぎてしまった。

「シリコン融合化文明」とは、宇宙の生命体は、珪素系のみならず、ヘリウム・水素からプルトニュウムなどの鉱物すべてである前提から発します。
前項の「6-1 先ず結論から」で述べたように、数千年の世界史について、99%の真実と現実を再度把握することです。たった1%の嘘に気付くことは、とんでもない衝撃があります。
脅かすような表現になるかもしれません。そうなれば、数千年の宗教が行ってきた催眠誘導と同じになってしまいます。しかし、あえて表現にこだわらず語ってしまいましょう。

死生観、共生共死をテーマ主題にお話ししておりますが、肉体を失った死後の世界は、在ると直観しております。
ただし、地獄、閻魔大王:ヤマンタカ、鬼女:ダーキニの7人姉妹、悪魔:サタン、堕天使:ルシファー等々は、私たちが1%の嘘によって、私たちの想念が育み、虚像が実体化したものです。
矛盾した言い回しですが、私たち一人独りが、恐怖の影に実体的な力パワーを与えているのです。

●8-1 夢・正直な死の恐怖
1ヵ月ほど前、私の夢のなかで龍体が化け猫となって出てきました。
ここ十年、死は恐れるものではなく、受け入れるものであるとなど、エラそうに説教していた私ですが、夢のなかで思わずお母さん助けてと叫びました。それで化け猫が消えたのですが、まだ夢のなかで、おい、お前なにを血迷って叫んだのかと自問するのです。その後目が覚めました。

今もエラそうなことを言っているのかしれませんが、正直生まれて初めて、いい歳ですが、死ぬかと思う怖さでした。
まあ、直観とバカ正直が売り物の私ですから、恥も外聞もなく語るのです。

311以後のブロクで、私は日本人はバカではない、我慢の限度もあると言いましたが、それから1年以上の月日が過ぎてしまいました。
結論を急ぎましょう。

●8-2 悪魔の地球期は、近々終わる
悪魔の地球期は、近々終わるでしょう。
数千年の虚像の歴史も99%は真で現実ですから、一からやり直すことは出来ません。
1%の修正は、私の言い訳がましい言説のように大変な勇気と犠牲が伴うでしょう。

世界のみんなは、心の底、無意識に分かって、いるのですが、一歩が踏み出せないのでしょう。
そのことを、私はマヤの終末や、次元上昇による救済:アセッションと言った1%の嘘は止めた方が良いと思っています。
1%の嘘に気付くだけで、世界が転換するのです。
私の言い回しが、皆さんを脅すようなものでないことを願うものです。

ある都会の繁華街で、古い例ですが、ミニスカートやパンタロンが流行する変化点は、3%、百人の若き女性のうち3人がミニスカートを着ていると、大流行が始まるそうです。
3%の人が1%の嘘に挑戦すると、大変化するのです。
ただし、この社会心理学を良く分かっており、実践しているのが、龍体の子分であるマスメデイアおよび電ツであることは、認めなくてはいけません。
これを超えるのが、真面目で真っ当な99%の中から3%の勇気ある人々が、本当の高貴なる責務:ノベリス・オブリュージュであって、彼らは我欲はなく、縄文の自然とともに生きる彼我を超え、石神と共に活きる、シリコン融合化文明を体現した人々、それを大げさに新人類と呼称しても何ら問題はないでしょう。

●8-3 次元上昇アセッションの別解釈
ヒッグス粒子の証明に、何兆円もの研究費を投ずるのは、御用学者のママゴトでは済まされない、人類史の進むべき方向性の悲劇的な間違いではないかと思っているのです。

しつこいようですが、真面目な科学者に大変失礼なことを言っております、何故宇宙の生命体は、初発より炭素系だけと決めつけているのか、科学、論理、哲学的根拠について、いつから、科学が全能の神の位置を得たのか、科学的に証明して欲しいのです。
証明しろと言う科学者の詭弁と同じ穴のムジナになることは、避ける方が賢明でしょう。

次元について、逆説的ではありますが、上昇ではなく、次元の階段を下りる決断もあり得る、目の前の壁か崖を乗り越える秘策ではないかと考えます。
二次元的意志・意識・魂を発想出来るのではないでしょうか。
この着想は、珪素系生命体シリコンの特性が平等と共時性を基礎においているのは、宇宙が果てしない一枚の平面にあり得ることを示唆しているのではないかと思うからです。

三次元を述べてきましたが、四次元については、時間に言及しなければなりません。
私は時間とは、アインシュタインの理論、光と時空、エネルギーの同一を超えて、珪素系生命体を含めた全宇宙の生命体が発する意識、意志、思いに根拠する現象であると考えているのです。
宇宙に11次元があることを、太陽系、地球、人類の当面にあたって意味がないと先に述べました。

ブラックホールでの、非空間、非時間性や、ダークマターでの超空間性、超時間性について、我々炭素系生命体では、認識できないと考えているのです。

その新たな世界観は、珪素系生命体、岩石人間や泥人間を認め、融合して初めて、知り得ることではないのか。
これを今日的に言い換えれば、UFO・異星人?の超技術調査:リバース・エンジニアリングにおいて既に実現化している軍事・世界支配の秘匿領域のようです。
この領域を、なぜ:why、秘匿するのかの根拠が、地球期の終わりと共に失われる時が目前ではないか。
なにもこれは、千数百年前には、日本でも、欧米、アジア、アフリカ等世界の人々は、当たり前に知っていたことと思っています。

アミニズムは、生物・無機物を問わない全てのものの中に霊魂が宿っているという概念ですが、再興アミニズムに革新できます。
それは始原ホワイト・イルミナティの今日的再評価と新文明の理念・社会基盤技術を通して、千数百年の地球期の宗教と科学の支配が極点限界を越えるまで、待たなければならなかったようです。

プラトンのコーラが示す、風土・場が生命を育む文明文化は、どうも我が日本が最も色濃く継承しているようです。

珪素系生命体情報によれば、ヤマタイコク言葉を未だに話している、真の日本人が、地球期を終わらせる仕事を担わなければならないようです。
まあ、偽日本人があまりにも多く、今を支配しておりますが、気にせず行きましょう。

あと一歩、我々人類、炭素系生命体と全ての魂ある生命体は、まったく身近で慣れ親しんできたものに、宇宙の始源、大元も在ることに気付けば、世界・宇宙が変わるのではないかと、明日の健やかな幸福を祈る者です。

国政を正すのは、地方自治体首長の地方政府首長権能をつかうべし

国政を正すのは、地方自治体首長の地方政府首長権能をつかうべし

地方政府連合を早急につくり、救国管理政府の実現を図る。
連合は臨時検証機関になれるのです


下記の長谷川幸洋さんの指摘は、まったく賛成するものです。
大災害を奇貨とした「民主・自民」大連立など百害あって一利なし  
「国難に挙国一致体制など建前 {長谷川幸洋「ニュースの深層」 現代ビジネス [講談社]}
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2316

私の投稿
「即刻救国管理内閣を造るべしの提言」
http://www.asyura2.com/11/senkyo110/msg/361.html
投稿者 Roku Matsuno 日時 2011 年 3 月 20 日

この投稿で言っているように、現国会の勢力図による大連立でない、
自治体首長連合を構成し、地方政府連合という新たな権能を造ることが、
事態を解決する具体策でないかと提案しています。

■4月の統一地方選は、救国のチャンス
統一地方選が、4月10日24日と迫っています。
即刻救国管理内閣を造るべしの提言主旨は、国が適切な指揮権を運用できなければ、地方政府の首長が本来持っている権限によって、国政を正せと言っているのです。

このような3 月 20 日時点での提案をしましたが、被災自治体の 同選挙の延期が決定されてしまいました。
すこしでも早い時期に、ねじれた国政に対し、現場から住民の声を代表する第三権力なのか第一権力なのか、新機構を造り、機能させることが求められているのです。

来月の統一地方選を待たずとも、被災自治体と県が、自治体住民の人権宣言、憲法に定められた国民としての権利要求・自治宣言を行い、それを実行する自治体首長連合・地方政府連合が国政に建議すべきなのです。

建議の内容は、国政党派を超えた救国管理政府の実現です。

この要求の本音は、我が国民の本音とまったく同じになるでしょう。
とても単純明快な要求です。
明らかに無能かつ我よしの方にお止めになっていただき、
実務的な方を推挙すればよいのです。

被災自治体と県の首長をはじめ、全国の首長がたいへん忙しい状況にあるのは分かりますが、
地方自治法は、首長が住民の安全・生命・財産を守る責任があることと、
それを実行できる権能を規定しているのです。
議会の反対があっても、専決処分(地方自治法、議会の議決・決定の前に自ら処理する)によって宣言を行うことです。

私も評論家のようなわけ知りの発言をしているのかもしれませんが、
地域住民の代表である首長に、

みなさんが連合をつくりなさいと言ってください。
その連合は、国政を正す法的権利を持っているのです。


誰が臨時首相になっても、国政の指揮権運用について、

連合が臨時検証機関になれるのです。

この提案が、当サイトやその他のメディヤで国民運動になることが私の希望です。

我が国民はバカではありません。
しかし、世界に誇る礼節の日本人でも、我慢の限界まであまり時間はありません。
現実無視、逃避、ヒステリー反撃、弱者いじめ、自己判断放棄パニックなどの、
限界が来るのを予感している場合ではないと思っているのです。

この提案が、せめてもの具体策になることを願います。

相変わらずの私見ですが、みなさんの参考となれば幸いです。

松埜 緑 まつの ろく 拝

食品の放射線被害の段階!国基準に真っ向から対峙する基準を地方政府は示し出荷しろ

食品の放射線被害の段階!国基準に真っ向から対峙する基準を地方政府は示し出荷しろ

●国の基準は十数年古い

国の基準は十数年も古い、味噌もくそもひっくるめの統制基準です。
残留農薬の反省から平成15年に食品の安全性に関わる法律である「食品衛生法」が改正され、ポジティブリスト制度(英語を使うな!)=法規制例外品目一覧、が施行されています。
健康被害にかかわる残留蓄積性放射物質も同様な法改正が至急望まれます。

●旧基準は経済を破綻させる

しかし、国は非常事態に対応した体制ではありませんし、TVで官房長官とその原稿を書いている専門家が勉強不足なのか、現場の痛みなど眼中にないのか、他人事のような法に基づく統制を発令しています。
東京電力にすべての責任転嫁をしているうちに、地域産業は死んでしまいます。
本来国は、全国の食品安全性評価機関を総動員し、潤沢な予算処置により、世界の放射線検知装置を緊急輸入するなどの、非常事態対応の臨時措置法を発令すべきなのです。
当面食べ続けても問題ないのなら、パニックをあおるような言い方をするべきではありません。
カイワレ大根をたべるパフォーマンスは、もう通用しません。

●マスメディアは本質を突く専門家を起用しろ

専門家もTVでの発言を放送局と発言主旨の数十秒以内の編集について、確認念書を交わしてからやるべきです。
さらに、不足するならば、新聞、WEBホームページに分かりやすい詳述資料(政策提言も含めた)を連携掲載する準備がいります。
新聞・TVの信頼性が幻想化していますが、このたびの大災害に当たって、マスメディアの今日的課題に切り込んでおかないと十年後に滅失することになります。

●地方政府が即断即決しないと地域産業が死滅する

残留農薬について国も対応法改正を行っていることは先に述べました。
しかし、平常時の時間対応です。
残留蓄積性放射物質について、非常時対応を国が行うことを期待していると地場資本は耐えらせません。
地方自治体は、地方政府として国に準じる住民の生命と財産を守る責務と権限を持っています。
食品安全性認定の国機関は、国の指示待ちですが、今はたいへん忙しいでしょう。
地方自治体独自で対応策を打ち出さなくてはなりません。

●地方政府は民間認定機関の評価で独自出荷しろ

十年ほど前では残留農薬の民間認定機関の一品種一圃場においての評価費用は、二三百万程度で一農家が負担するのは無理でした。
最近では相当低下していると聞きます。それでも一農家単位では無理でしょう。
今農協は町村合併に伴い広域農協となっています。町村域を越える広域農協もあります。
TV等報道では、生産者は自分のほうれん草や牛乳がどのぐらい汚損されているのか分からず、破棄しているようです。

●地方政府・食品安全宣言機関

喫緊の対応策は、食品関連生産者の地域大連合と、農協、仲買、卸、食品メーカー、物流、スーパー・小売店・外食・中食流通等企業連合を関係自治体連合が一括して民間認定機関に独自安全評価を委託する「食品安全宣言機関」を創設することです。
加えて、放射線関係医学会と生命・損保保険会社の参入も必要です。
国と国際基準に真っ向から対峙する基準を、指し示さなければなりません。
対峙する基準に賛同しない方は、もちろん、この機関に参加するのを拒絶します。
私のブロクで強調している、従来の価値基準では生き残れないのです。
世界で初めて、人類史初めての共に生きていく仕組みを決断しなければならないのです。

●地域の生き残り策を阻害する勢力への配慮

地震以前、私は公での発言に自己規制をかけていました。
以後、その規制を取り払う決心をしました。
そのため、過激な提案提言と思われる方が、大多数であること承知しております。
なぜ国民に選ばれた聡明なはずの国会議員・政府が、この事態に即応できないのか。
原子力災害の後に来るのは、放射線疾病と食品汚染問題なのは誰にも分かることです。

この復旧復興を妨げる超長期とも言える社会的枠組みは、誰が損し、誰が利するのか。
この文明文化の枠組みの変化に対し、高貴なる能力をもった人々は、おおやけに奉仕すべきなのです。
優れた能力があっても、我よしの方は、勝手に利を求めてもらっても私はかまわないと思っています。
しかし、科学的ではないとか、事例がないとか、理想的すぎるとか、利回りが合わないとか、
ふるさと・地域の生き残り策を阻害することは迷惑です。

わが日本人はバカではありません。
風評被害で儲かるのは国か輸入業者か、TVで誰かが冷静でよく分かったことを言っていました。

相変わらずの独断ですが、みなさんの参考となれば幸いです。

松埜 緑 まつの ろく 拝

即刻救国管理内閣を造るべしの提言

即刻救国管理内閣を造るべしの提言
被災県知事たちを発起人に、全知事・首長等が非常事態宣言を発し、国会議員の決議をへて、救国管理内閣を即刻造らなければなりません。その際明らかに無能で指導力ない方を臨時首相に選んではいけません。世界に誇る礼節の日本人でも、我慢の限界まであまり時間はありません。

■4月の統一地方選は、救国のチャンス
統一地方選が、4月10日24日と迫っています。
即刻救国管理内閣を造るべしの提言主旨は、国が適切な指揮権を運用できなければ、地方政府の首長が本来持っている権限によって、国政を正せと言っているのです。
被災自治体の選挙を遅らせよとの意見が多いのを承知しております。
しかし、何時まで遅らせたら平常時の選挙が出来るのですか。
実務上無理なのは平常時の価値観が、未曾有の国難にあっても想定枠が切り替わっていないのです。
住民基本台帳も失い、死体の身元確認、死体そのものも発見できず死亡確認も出来ない自治体で、平常時選挙を考えても無駄です。
国と地方の在りざまのビジョンに欠けた、思考停止による先送り言い訳と言ったら言い過ぎでしょうか。
首長の地方自治法による専決処分で、臨時選挙管理委員会の委嘱、身分証明のない住人の、隣近所や友人知人による人物認定仮身分証明書発行、選挙権証明など事務簡素化を行うべきです。

国と地方は本来一体不可分の関係ですが、いつも相反した利害関係があります。
いま国が、思考停止による先送り言い訳をしているならば、地方政府は同じことをしてはいけません。
我が国の現状にあって、間近に迫った統一地方選は、私は、国難を救う貴重な機会と言いたいのです。
まず、自治体住民の人権宣言、憲法に定められた国民としての権利要求です。
これは情報の全面開示、理想・充足目標の工程と進捗達成率、指揮命令系統責任所在の明確化です。
もうお分かりと思いますが、国からの発想ではないのです、一国民からの自ら治める自治宣言なのです。
約1720の市町村と都道府県が、自治宣言に基づき建議すべき時なのです。
従って、統一地方選は、民主、自民といった党派を超え、自治宣言の是非で行われるべきなのです。

自治宣言は、選挙用の言葉だけではありません。
宣言は自治体首長連合を構成し、地方政府連合としての権能を規定することになるでしょう。
地方政府連合が成立してすぐに着手すべきことは、国会議員と連携し、救国管理内閣を造ることです。
古い価値観で何の役にも立たない、思考停止による先送り言い訳をする人物を、我が国民の臨時代表にしなければよいのです。
試行錯誤があったとしても、とても悲しい経験があっても、前に向かって勇気づけ元気づけ未来を誠実に示し約束する指導者や、それを支える専門家チームが、いま必要なのです。

■私権制限の例
この提言は、国内や既往法制度の枠を極力超えないように配慮しています。
しかし、提言が持つ非常事態宣言を、戦前にあった戒厳令(martial law:軍隊統治)と混同してもらっては困るのです。
非常事態宣言は、私のブロクで戦時体制と同等の危機意識の転換がいると言及しているように、私権制限が必要です。
我が国民の我慢の限度がこないように、パニックやヒステリーにならないように適切な私権制限がいると言っているのです。
我が国民はバカではありません。しかし正直者がバカを見るような軽々な言葉を、責任ある担当政治家がTVで偉そうに言えば言うほど、国民と企業は不安になり買い占めに走るのです。
いま必要な私権制限は、例えば、路上喫煙罰金一万円と同じ、買い占め禁止罰則などの臨時措置法の発令なのです。

■私権制限の課題
私権制限のもう一方の課題も言っておかなければならないでしょう。
福島第一・第二原発避難範囲の私有財産の取扱です。これに係わる財産と生活保障は激甚災害法の適用がなされますが、私は国民保護法の国民財産の強制収用事項も準用した方がよいと言っています。
東京電力と保安院ほか管理者の失策で、人命と財産が失われ、制限されているのです。
それにしても、東京電力は避難住民にどのような初動と応急手当をしているのが、報道の範囲内ではさっぱり分かりません。
かく言っている私の仕事である地域防災計画の原子力災害対策編で、東京電力の企業防災計画の一部を承知しているのですが、対象自治体に東京電力の原発がなかったため知り得なかったのか、よく分かりません。
まさか、東電と保安院ほか国は、自己の責任の重大さに、しどろもどろヒステリーになって、思考停止しているのではないか。まさかではなく、おそらく実態なのでしょう。報道も専門家のほとんどがそうなのでしょう。
このような実態を早急に打破しなければならないが故に、地方政府連合の成立に期待をかけるのです。

■地球レヘル対応の視座
もう一つの留意事項があります。
この出来事は。我が国だけではない地球レベルの事態であることです。
既に世界各国の精鋭が犬たちと共に現地で活動しています。
彼らのうち何人かが日本語に堪能な軍事外交官なのです。
ハードインテリジェンスとかスパイと言っていいでしょう。
しかし、何の問題もありません。彼らが本国に伝える情報分析が、今後世界の対応に役立つのですから。
世界のNBC対応精鋭部隊が福島に結集しました。心強いです、頑張ってください。
指揮命令系統を現政権は押さえているのかが気がかりです。
主権は日本国なのは当たり前ですが、NBC戦時下状況の連合国作戦の認識、位置付けが明確なのか私には分かりません。

■我が国は、世界第三次世界大戦の予行演習場
このように、いま我が国は、世界第三次世界大戦の予行演習場となっていると言っていい状態です。
予行演習も始まったばかりで、今年一年、腰が抜けるような、極大極小の桁違いな出来事が連続して行くように直感しています。
即ち、第1幕の主人公である日本人は、世界から見られているのと同時に、同じ舞台の上に米軍や中国軍に準じるほかもいることに感謝なのか、気を配る必要があります。

■日本国政府建て直しの時間軸
私の私的提言である自治宣言に基づく地方政府連合が、日本国政府を建て直し建て替える方向性を、世界の既往権力が巧妙に取り込み変質させることも想定の内に入れておいてください。
そのぐらいの紆余曲折があるのは当たり前でしょう。
震災後一週間目に、世界に誇る礼節の日本人でも、我慢の限界まで1週間あるかないか。と先走ったことを口にしてしまいました。
よくよく考えてみますと、第1幕がネタだし、種まきならば、第2幕の芽が開く、発芽が4月末にきても良いのではないか。今年の10月末までに実がなればよいのではないか、と思い至ったのです。
あやうく、己みずから事態の重大さに思考停止になり、わが日本人を信頼できなくなっていたのかもしれません。

相変わらずの独断ですが、参考になれば幸いです。

松埜 緑 まつの ろく 拝

非常事態宣言への提案

非常事態宣言への提案
震災から1週間たちました。超法規による非常事態宣言(明治憲法の戒厳令はあるが現行法にはない)の決断の時期になりました。災対法だけでなく国民保護法を戦時ではないですが適用を提案します。

下記の考察は、昨年8月にあるブロクに投稿したものです。
懸念した事態が発生してしまいました。当考察の戦時下対応ではない自然災害ではありますが、有事関連7法のうち、国民保護法に準じる事態です。
昨年8月の投稿時より、現況対応の変更を加えていませんから、あしからず。

都市攻撃等戦時の行政対応の考察
第三次世界大戦・都市攻撃のとき、国等行政がどのような対応を準備しているのかについて、参考になればと投稿します。
私の専門業務なのですが、一般の方々は意外とご存じでないと思います。
戦時対応は、戦後永く国等行政が話題にし、研究・対応施策の計画策定、そのものがタブー扱いされてきました。
戦争放棄憲法制定、非暴力理想的世界体制を標榜する勢力が、そのような現実的対応を検討することすら、拒否してきました。
なぜ当たり前の国としての対応が遅れたのかは、今では、みなさん良くおわかりと思いますが、占領政策の結果でしょう。
大きな変換点は、1995年(平成7年)1月17日の阪神・淡路大震災ではないかと思っています。
それまで、伊勢湾台風を契機に制定された、災害対策基本法(昭和36年)、激甚災害法(昭和37年)がありました。
阪神大震災のとき、自衛隊が初動偵察を行っていたにも係わらず、法の未整備のため即応体制に着手できなかったことが、世論を大きく動かしたと考えています。

以下に引用するものは、災害・テロ行為等危機管理の初動体制のA6版手帳型資料の要約です。
各自治体は、災害と国民保護の計画を別立てで、計画策定しているところが多いです。
各自治体は、地域防災計画・国民保護計画は情報公開していますので、HPで見られなければ、役所で閲覧できます。
国民保護計画とは、有事関連7法のうち、国民保護法(平成16年施行)正式には「武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律」による計画です。
両計画を一つのハンドブックした市町村は、あまり聞き及びません。
私が係わった市町村の積極的なご理解で、実現したものです。
要約資料は、行政業務資料です。
職員さんに分かりやすいように努めたものですが、それでも専門用語などは、かなり理解するにおいて努力を要するものです。
ざっと、目を通していただいた後に、当投稿に関連する考察を加えたいと思います。

●災害・戦時に備えて
(1) 災害と防災
① 災害とは

災害対策基本法は、暴風、豪雨、豪雪、洪水、高潮、地震、津波、噴火その他異常な自然現象による被害のほか、大規模な火事、爆発、放射性物質の大量放出など、人的原因により生ずる被害を災害と定義しています。

② 防災とは
災害を未然に防止すること、あるいは災害が発生した場合にはその拡大を防ぐこと、そして災害からの復旧を図ることをいいます。
※この場合は、国民保護対策本部を緊急対処事態対策本部と読み替えて設置します。

(2) 武力攻撃事態等と緊急対処事態
① 武力攻撃事態等とは

武力攻撃事態及び武力攻撃予測事態をいいます。
・武力攻撃事態とは
武力攻撃が発生した事態又は武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態。
・武力攻撃予測事態とは
武力攻撃には至っていないが、事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態。
※この場合は、国民保護対策本部を設置します。

② 緊急対処事態とは
武力攻撃の手段に準じる手段を用いて多数の人を殺傷する行為(テロ等)が発生した事態又は当該行為が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態で、国家として緊急に対処することが必要なものをいいます。
図 12p対策本部の設置
s-12p対策本部の設置50p

このフロー図は、災害・事件の発生から、自然等災害とテロ・戦時対策の分岐を示します。
図 15p国民保護体制
s-15p国民保護体制50p


このフローは、テロ・戦時対応体制を示します。
自然等災害は、災害発生地域の地方行政が第一報をあげます。
テロ・戦時は、テロの発生地域と、ミサイル攻撃・着上陸等の場合は、国の警報発令が第一報となります。
図 16p国民保護の類型
s-16p国民保護の類型50p

図 17p警報・緊急通報の発令
s-17p警報・緊急通報の発令50p

●当投稿に係わる考察
激甚災害の被害を拡大する要因は、日常生活の価値判断で避難警報や勧告を受け入れず、そんなことはあり得ないとか、まじめに避難して、何もなかったら恥をかくと言った行動によるものです。
特にテロやミサイル攻撃を戦後以来経験していない、我が国民は国防意識がほとんどないと言っていいでしょう。
せめて、年一回の国防訓練ぐらいを行うのが、普通の国家です。
街中に、戦車や装甲車があり、警察消防、消防団と地域住民が一体となった健全な防災・国防訓練を行っていく必要性があります。
まあ、戦後以来やらなかったことですから、自衛隊も地域住民と信頼の協働は、難しいことでしょう。
まだ、ヒステリックに絶対反対という団体がたくさん残っています。
私の仕事柄、各自治体の防災・国防を担当する自衛隊部隊が決められており、その部隊長さんと打合せをする機会があります。
私にとって30代過ぎの部隊長さんは、若いと驚きますが、話をしますと気さくで防災・国防への取り組みは、大変誠実さを感じます。
現況のテロやミサイル攻撃等の国民保護計画が、実質的な効力を発揮すのかは、一概に言えません。
第三次世界大戦の場合を想定しますと、日本以外の国で発生し、徐々に拡大するならば、国民保護計画の段階的対応となりましょう。
都市攻撃の場合は、北から、北海道と、他の4経路の初発攻撃から、すぐに超法規による非常事態宣言(戦前、明治憲法の戒厳令はあるが現行法にはない)となるでしょう。
そのように即応できるか、現内閣では心許ないですが。
国の武力攻撃における、国民の保護処置を迅速に行うための警報発令が、悩ましい課題です。
現況の法制度は、世界的、国家的武力攻撃に量的に対応しておらず、かつ質的な国民の訓練も全く不十分です。
にもかかわらず、警報が発令されれば、自衛隊等機関を優先する主要交通機関の統制、屋内待避を優先する避難対応政策で自主的避難行動は、かなり難しいことになるでしょう。
他地域への避難も計画されていますが、詳細な具体策までは至っておりません。
特に、人口が集中する大都市部から、山間農村部への疎開的移動の計画は、全く検討されておりません。
唯一希望がもてるのは、都心部自治体と地方の自治体が災害応援協定を結んでいることです。
自治体職員等国防関連公務員に支給される、特殊標章(オレンジ色四角地に青の正三角形、ジュネーブ諸条約等により非戦闘員として保護されることを示す)と身分証明書がなければ移動できず、自宅待避しか対応できないのが現状でしよう。
国と防衛省が第三次世界大戦と都市攻撃の対応計画を、立案していることを願うものです。
おそらく我が国独自の国民保護の国防政策は、国民保護法に集約されるものしかないでしょう。

●考察のまとめ
警報発令、超法規による非常事態宣言など、事態切迫での法不備や事前訓練不備は否めません。
従って、現実無視の法統制にしばられた国民がどの時点で、パニックか自主行動に移行するかです。
この時点では、自衛隊も警察消防も事態切迫の認識は、同じでしょうから、このときの前倒しか、楽天的な解決策はないと考えています。
楽天的にあり得る解決策とは、知事・市町村首長が住民保護を目的に、災害対策基本法第60条(市町村長の避難の指示等)に基づき国の命令以外の、首長による専権避難命令を発することです。
また、最近阿久根市で注目されている、専決処分(地方自治法、議会の議決・決定の前に自ら処理する)もあります。

この地方独自の首長権限命令を担当自衛隊指揮官の了承(知事命令)で、現実即応の地方的対応を即断することです。
パニックか自主行動に移行する時点とは、中央の指揮系統も混乱しているとの前提です。

当投稿における、切迫した特別な条件での試案です。
このような事態にならないように願います。
できれば、後1・2年後でも、我が日本人がまつとうで普通の国となることを望みます。
タイムラインを変えたいのですが、それができなくても。
地方自治体の首長さん達、『地方政府』の首長であることに自信を持ってください。
けっこう楽天的解決策が、足元にあるかもしれません。
相変わらずの独断私見ですが、参考になれば幸いです。
松埜緑 拝

浜山まちづくりの提案

浜と山が迫った日本・三陸海岸を愛し住み続けるためには、従来の常識的防災概念をすて、本来的なまちづくり『浜山まちづくり』をみなさんと一緒に考えましょう。
被害自治体住民の全面的移住策をとらず、災害応急住宅にもなる斜面支柱による住宅を提案します。
自治体全域の融資担保権も含めた土地所有・漁業権等すべての権利を自治体が主催する信託に集約させます。
言換えれば、緊急超法規的自治体側の意志統一機関の成立を意図しているのです。


東日本巨大地震(東北地方太平洋沖地震)の惨状を目のあたりにして、どのような復興策があるのか考えざるを得ません。まだ被害の全てがとらえ切れていない段階では、早すぎるとのご指摘もあるかと思いますが、被害に直面されている方々に未来の希望が少しでもあることをお伝えしたいのです。

地震被害にある方々へ深い悲しみの共感と共に、望みの明日を信じること、遺族の方々には心からのお悔やみを申し上げます。

1●被害状況と復興策の前提
・壊滅的な津波被害について
このたびの災害は、わが国の東半分の広域です。地震動による倒壊・破損、火災と未曾有の津波被害等があります。さらに現時点では、被害状況が確定していないのか、または情報開示が十分でない原子力災害があります。
これら不確かな現況ですが、当「浜山まちづくり」は、壊滅的な津波被害を主に取り上げます。

・既往の基準を大幅に超えた対応策
壊滅的な津波被害にあった自治体の復興は、政治・経済・工学等の既往法規制では対応しきれません。
日本の半分に影響を及ぼした災害ですから、その一部の津波被害復興策は、日本全体のさらには世界のあるべき将来像を取捨選択し、明確な賛同のもとに推進する指導力と遂行体制が必要となるのはいうまでもありません。
ただし当提案では、津波被害地域に絞込み、その考察の中からあるべき全体的将来像の諸課題を提示するにとどめます。

・被害という量的空間に対し、質的時間を取り上げる
津波被害の実態把握が進行中なのですが、TV等の報道は被害の量的な側面に偏っているのではないかの思いが強いです。質的時間とは従来の考えでは、災害予測・防災減災活動・予防・発災・初動・応急・復旧復興という時系列です。
この枠組みを超えた質的時間とは、過去へは地域の風土、未来へは第6次産業振興などを加え、従来の住民を守る公的機関の視点ではなく、誰が地方自治の主人なのか、風土に基づいた自治すべき地域の範囲といった防災政策にしばられない、大幅な過去と未来の時間範囲を広げるまちづくりの新発想を提示する必要にせまられています。
TV等の報道で被災住民へのインタビューに端的に示される、通りいっぺんのやりとりが、その場所で生まれ育ち生きてきた人々へ何を語り、何を聞き出そうとしているのか、浅はかさに感じ取られる原因が、風土への理解と尊敬にかけているからです。
別の言い方をしますと、このような極大災害は、百年千年に一度の確率だから、後百年千年は起こらないから、それを前提に復興への元気をだそうと言うのが目に見えています。
それは間違いです。従来のやり方が本来的に誤っていたことに気付かねばなりません。

2●浜山まちづくりの提案概要
東日本巨大地震で壊滅的な津波被害にあったリアス式海岸にあるところの復興まちづくりの緊急提案です。
V字型に入込んだ浜と、すぐ後ろに迫る急斜面の地形は、津波被害には悲劇的ですが、美しくたおやかで豊かなふるさとでもあります。火山や断層だらけのうえにある日本列島の縮図と言ってもいいでしょう。
浜と山が迫った日本・三陸海岸を愛し住み続けるためには、従来の常識的防災概念をすて、本来的なまちづくり『浜山まちづくり』をみなさんと一緒に考えましょう。

概要項目を列挙します。

★被害自治体住民の全面的移住策をとりません。

★居住地を港湾・海岸平坦地の後背斜面にひな壇造成ではなく、生活幹線道路を主体とした造成に止め、斜面支柱による住宅を主とします。

 宅地造成法・建築基準法等の国交省大臣認定による特例処置を念頭とします。
 生活幹線道路が造成しやすいところは、仮設造成し災害応急住宅の設置が可能ではないかと想定します。
 斜面住居地区と津波被害あった平坦部は、防潮対策した斜面下部半地下・斜面上部塔屋の大型高速エレベーターにてむすび付けます。
 追加 縄文の邑は、海岸に近い小高い丘に多くあります。縄文時代は長く津波も経験していたでしょう。
 追加 当面仮設プレハブでも良いですが、平屋根の上に切り妻屋根のロフトを作ると町並みも落ち着くでしょう。


★まちづくりの基盤となる、電気等エネルギー、上下水道、ゴミ処理、通信基盤ほかは、現状で最先端の技術の導入を原則とします。
導入予算と償却が従来価値基準を大幅に上回っていても、参入協賛企業の世界的モデルケースとしての広告宣伝価値の向上が期待される提携体制を明確化します。

★港湾・海岸平坦地は、農業耕作地・漁業養殖地と港湾関連工業・業務の土地利用とします。
 工業・業務に要する用地敷地は、浮きデッキ構造とし軽中程度の津波には浮き上がって消波・減波対策を検討します。

★用地確保政策は、自治体全域および合併や連携する近接地域の融資担保権も含めた土地所有・漁業権・利水権・国有林保安林権限等すべての権利を自治体連合が主催する信託に集約させます。
ただし、既往の国県他準ずる公共機関との法的整合に留意します。言換えれば、緊急超法規的自治体側の意志統一機関の成立を意図しているのです。

既往の参考法令(直接的な関連はないかもしれませんが)を挙げます。
知事・市町村首長が住民保護を目的に、災害対策基本法第60条(市町村長の避難の指示等)に基づき国の命令以外の、首長による専権避難命令を発することが出来ます。  
また、最近阿久根市で注目されている、専決処分(地方自治法、議会の議決・決定の前に自ら処理する)もあります。

 全面信託にあたり、権利者の身元確認できる過半の賛同をもって成立する特例法か、総理大臣認定の特例処置を念頭とします。
 信託主体は、国県の出資・出捐金ほか住民の権利委託相当分の株を配布します。
 信託主体は、中長期の経営計画を策定し、特に港湾・海岸平坦地の土地利用権や第6次産業振興も含めた土地利用から生じる見込み利益をもって、広く世界から出資融資債権を発行します。
 信託主体は、自治体首長・行政議会と一体化体制とし、その経営管理層が独断専行しない住民委任体制を講じますが、即応即断出来る柔軟性も担保すべきでしょう。

★信託主体の成立まで先行対策として、仮地域通貨を発行します。

 緊急対策として、企業支援(額面の一部)、住民の好意による寄付、ボランティア・NPO等の無償のサービス提供に仮地域通貨を発行し、復興後日地域特産物を届けたりすることが望ましいです。
 信託主体は、地区内のみで流通する地域通貨を発行し、提携する他自治体や協賛企業等と換金率を定める。
 信託主体は、寄付税制の期間限定付特例処置の対象を念頭とします。

概略案です。みなさんのご指摘をお待ちしております。

松埜緑 まつの ろく 拝

M9は二百京ジュール 世界の先行型である日本に2エクサ現る 阪神・淡路の約350倍

マグニチュード9は阪神・淡路の約350倍、人類史・世界の先行型である日本に二百京、2エクサ ジュール現る。

専門家の尺度から普通の尺度への大転換を迫られています。今年中にエクサの次の桁であるゼタ・十垓(がい)のエネルギーを我々人類は眼前に経験するのではないか。


M8.8からM9の訂正に伴う、改訂版です。そのた言葉の足らなかった箇所を改訂しています。

東北地方太平洋沖地震から、1夜あけ被害の実態が明らかになりつつあります。
今、福島第1原発の建屋崩壊と基準2倍の放射線もれについて、原子力安全・保安院の記者会見を見ながら書込を行っています。
改訂版は、福島第1原発3号機、燃料損傷のTV報道を見ながら書き込んでいます。メルトダウン寸前、今、ポンプ回復したとのこと。

地震被害に直面されている方々へ深い悲しみの共感と共に、望みの明日を信じること、遺族の方々には心からのお悔やみを申し上げます。

●大震災で目が覚めたこと
大災害は、突然訪れます。
1995年(平成7年)1月17日に起きた阪神・淡路大震災いらい、私の仕事の過半が防災関係になりました。
建築土木造園、都市計画や地域活性化などランドスケープ・アーキテクト(国土景観建築家)のつもりでしたが、この大震災で目が覚めたと言いましょうか、国土景観計画の最も大切なことは、我が国民の生命と財産を守ることではないか、建築家としての豊かさや美しさの追求に追われ、本質を見失っていたのではないかと16年前、思い知りました。本当の幸とは華美とか表面的な豊かさでは得られないと思ってきました。

昨日の発災時、四谷のビル4階にいて、東海大震災がとうとうきたか、生まれて初めての強烈な揺れに震源地域の被害に思いやりました。すぐに三陸沖であることを知りました。
マグニチュードが8.4と知り、これはとんでもない超巨大なものであることを専門知識のあるものとして恐怖を禁じ得なかったです。すぐに8.8、さらに、その後9と訂正され一層思いを深めました。

●専門家の尺度から普通の尺度に
TV等マスコミ評論家・気象庁は、観測以来最大規模の巨大地震といった表現なのですが、私にとっては不満があります。
マグニチュードと震度7を最大とする気象庁震度階は、一般のひとには分かりにくい専門家のみに通じる尺度なのです。
ここ1年、ご承知のごとく世界では異常な気象等災害が発生しています。
普通の尺度への観点により、結論からいいますと。
東北地方太平洋沖地震のマグニチュード9とは、阪神・淡路大震災の約350倍、関東大震災の180倍のエネルギー量です。
従来のマグニチュードは、地震の震源に着目したものです。現在言われているマグニチュードは、気象庁マグニチュードMj(2003年9月25日以降)で、大規模な地震規模を適格にあらわすモーメント・マグニチュードMwとの差異を調整したものです。
マスメデヤや学界等専門家は、今まで使い慣れた尺度を誰にでも分かりやすい尺度に言い換える必要に迫られています。
『いま、テレビではマイクロシーベルトという放射線の尺度を話しています。その解説はやや分かりやすいです。』
昨日の巨大地震の規模を報道の早い段階から、阪神・淡路の約350倍、関東大震災の180倍と表現したほうが私はよいと考えています。

●普通の尺度への意味
私はここ数年の世界の傾向は、百年、千年、万年単位の大きな枠が変わりつつあると信じています。
この大きな枠組みが変化するとは、生活基準の常識が桁上がり、下がるといった表現でお伝えしたいと思い投稿しています。
生活基準の常識は、日常の家族や仕事を優先します。政治・経済・学問・報道など基準を定める職能職責領域も現実の状況を優先し、対応策となりがちです。
本質であることがらを追求する哲学・宗教・芸術などへの尊敬が疎んじられます。それ以上に、とんでもものとか、オカルトと軽蔑されているのが実情です。決まり文句は、『それは科学的ではない、証明できないだろう』です。私はいつから科学が世界のすべての基準なったのか、この世界には現代科学では証明できない領域のほうが圧倒的に多いのではないか、と問い返します。たいがいこれ以上の、お話は進みません。
このような日常的生活基準は、よほどの大事件がないと変わりません。しかし、その予兆を感じる、直感する、事象解析予測する、予知夢する、霊視する等の特別な能力がある方々が世界にはおられるのです。
あえて、それらのうちの一つのみ参考として挙げます。
WEB上のある説によりますと、数日前の3月9日に「第9サイクル突入」したといわれます。
ここでは詳しく述べませんが、その説によりますと3月11日は「怒りの日」として重要な日としていました。
第9サイクルの期間は234日で、今年の10月19日~20日をミッドポイントとし、「結実」で終わるそうです。この説は今年いっぱいで結論を得るわけですから、当たる当たらないは今、是非もないことでしょう。第9サイクルに興味がある方は、WEB上で探してください。

●さて、普通の尺度への意味ですが。
専門家だけに通じる尺度への分かりにくさだけではないのです。
それは、従来の文明文化が慣れ親しんだ量と質の単位範囲がここ数年で桁違いに変化しつつあると実感しているためです。
従来の私たちの日常生活で聞き慣れた極大と極小の単位は、次表■の10^12(^は乗)テラ(tera)一兆(ちょう)がパソコンのハードデスク容量などで、10^-9ナノ(nano)一塵(じん)、10^-12ピコ(pico)一漠(ばく)等も新聞TVで見聞きしていると思います。
ここ数年では、経済界で10^15ペタ(peta)千兆(ちょう)や、先端物理学で10^-15フェムト(femto)一須臾(しゅゆ)が知られつつあります。
我が国では、これらの単位は、英語やカタカナで知られていると思いますが、戦前までは漢数字表記、命数法(数詞を用いて数を表す命数(めいすう)の方法)は、落語のじゅげむ(寿限無:限り無い長寿)を例にとるように、よく知られた単位でした。
かく言っているのに、表■に示したのは欧米の3桁単位で、漢字の4桁単位を省略しています。
欧米の3桁と漢字の4桁単位の文明文化が、今年1年で融合するかもしれないという説を先ほどの述べたわけです。
マグニチュードを一般的エネルギー量である単位に換算すると、暗算でもその量の大小が分かります。
エネルギー量そのものが分かりにくいのですが、エネルギー量の基本単位:ジュール(J)で説明しますと、1ジュールは、地球上でおよそ102グラム(卵・小玉2個くらいの重さ)の物体を1メートル持ち上げる時の仕事に相当します。

昨日3月11日が「怒りの日」として特別の日なのかは分かりませんが、普通の尺度の観点から言いますとマグニチュード9は、ぴったり二百京ジュール、2エクサ(exa)ジュールなのです。
我々の文明文化、特に日本において自然現象として、二百京、2エクサが目を背けたくなるほど、悲しく恐ろしく立ち現れたのです。

■表 国際単位系(SI)における接頭辞
10^n  接頭辞  記号  漢数字表記 命数法
10^24  ヨタ(yotta)  Y  一秭(じょ)
10^21  ゼタ(zetta)  Z  十垓(がい)
10^18  エクサ(exa)  E  百京(けい、きょう)
10^15  ペタ(peta)   P  千兆
10^12  テラ(tera)   T  一兆(ちょう)
10^9  ギガ(giga)    G  十億(おく)
10^6  メガ(mega)    M  百万(まん)
10^3  キロ(kilo)    k  千(せん)
10^2  ヘクト(hecto)  h  百(ひゃく)
10^1  デカ(deca,deka) da   十(じゅう)
10^0        なし なし 一(いち)
10^-1  デシ(deci)    d   十分の一 一分(ぶ)
10^-2  センチ(centi)  c   百分の一 一厘(りん)
10^-3  ミリ(milli)   m   千分の一 一毛(もう)
10^-6  マイクロ(micro) µミュウ 百万分の一 一微(び)
10^-9  ナノ(nano)    n   十億分の一 一塵(じん)
10^-12  ピコ(pico)   p   一兆分の一 一漠(ばく)
10^-15  フェムト(femto) f  千兆分の一 一須臾(しゅゆ)
10^-18  アト(atto)    a  百京分の一 一刹那(せつな)
10^-21  ゼプト(zepto)  z  十垓分の一 一清浄(しょうじょう)
10^-24  ヨクト(yocto)  y  一ジョ秭分の一 一涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)

●百京、エクサの次の桁へ
百京、1エクサ ジュール(EJ)レベルのエネルギー量の比較事例をあげます。
 ▼参照 wikipedia エネルギーの比較 単位の換算
 1.06 EJ 日本の原子力発電量(2002年)
 1.31 EJ イギリスで1年間に発電された総電力量(1999年)
 2.00 EJ マグニチュード 9の地震のエネルギー
 3.95 EJ 日本国内で1年間に発電された総電力量(2002年)
 9.64 EJ イギリスで1年間に消費されたエネルギー(1999年)
 10 EJ ピナツボ火山の噴火(1991年,フィリピン)で発生した熱エネルギー
 426 EJ 世界で1年間に消費されたエネルギー(2001年)
 620 EJ 1時間あたりに太陽から地球に届くエネルギーの総量

百京、1エクサの次の桁は、10^21ゼタ(zetta)十垓(がい)です。
この桁のエネルギー量の比較事例は。
 7.4 ZJ 世界の石油の推定埋蔵量(2003年)
 15 ZJ 24時間あたりに太陽から地球に届くエネルギーの総量
 39 ZJ 世界の化石燃料の推定埋蔵量(2003年)

比較事例を挙げた理由は、今年中に次の桁であるゼタ・十垓(がい)のエネルギーを我々人類は眼前に経験するのではないかと直感しているためです。
それは、昨日の地震について量的エネルギーの桁違いに着目したように、質的と言うか、この悲劇的災害が我々に語りかける、生きのびることと死んでしまうと言う現実に立ち向かい、桁違いの発想で対応を迫られていると考えるからです。
言い換えれば、従来の生活価値観のまま、失ったものへの執着が強すぎると、悲しみが増幅してしまい、新しい世界の扉は開けられないと思うからです。
なにも、次の桁違いの世界に遭遇することが、悲劇的災害だけではないと想像するからです。

被災された方々のふるさとが、恐ろしい風景となっているのが、ひしひしと伝わってきます。
しかし、新たな生活は、また、そのふるさとの土地から始まると確信しています。
津波被害にいま立ち向かっている方々に、私などがなにも出来ませんが、ふるさとの自然が持つ恐怖の面だけでなく、たおやかで優しく豊かな面があり、そちらの時間のほうが圧倒的に永かったことを思い出してくださいと、申し上げさせてください。


松埜緑 拝

M8.8は阪神・淡路の約180倍、人類史に百京、1エクサ現る

◆マグニチュード8.8は阪神・淡路の約180倍、人類史に百京、1エクサ現る◆

東北地方太平洋沖地震から、1夜あけ被害の実態が明らかになりつつあります。
今、福島第1原発の建屋崩壊と基準2倍の放射線もれについて、原子力安全・保安院の記者会見を見ながら書込を行っています。

地震被害に直面されている方々へ深い悲しみの共感と共に、望みの明日を信じること、遺族の方々には心からのお悔やみを申し上げます。

●大震災で目が覚めたこと
大災害は、突然訪れます。
1995年(平成7年)1月17日に起きた阪神・淡路大震災いらい、私の仕事の過半が防災関係になりました。
建築土木造園、都市計画や地域活性化などランドスケープ(国土景観)計画家のつもりでしたが、この大震災で目が覚めたと言いましょうか、国土景観計画の最も大切なことは、我が国民の生命と財産を守ることではないか、デザイナーとしての豊かさや美しさの追求に追われ、本質を見失っていたのではないかと16年前、思い知りました。本当の幸とは華美とか表面的な豊かさでは得られないと思ってきました。

昨日の発災時、四谷のビル4階にいて、東海大震災がとうとうきたか、生まれて初めての強烈な揺れに震源地域の被害に思いやりました。すぐに三陸沖であることを知りました。
マグニチュードが8.4と知り、これはとんでもない超巨大なものであることを専門知識のあるものとして恐怖を禁じ得なかったです。すぐに8.8と訂正され一層思いを深めました。

●専門家の尺度から普通の尺度に
TV等マスコミ評論家・気象庁は、観測以来最大規模の巨大地震といった表現なのですが、私にとっては不満があります。
マグニチュードと震度7を最大とする気象庁震度階は、一般のひとには分かりにくい専門家のみに通じる尺度なのです。
ここ1年、ご承知のごとく世界では異常な気象等災害が発生しています。
普通の尺度への観点により、結論からいいますと。
東北地方太平洋沖地震のマグニチュード8.8とは、阪神・淡路大震災の約180倍、関東大震災の22倍のエネルギー量です。
マスメデや学界等専門家は、今まで使い慣れた尺度を誰にでも分かりやすい尺度に言い換える必要に迫られています。
『いま、テレビではマイクロシーベルトという放射線の尺度を話しています。その解説はやや分かりやすいです。』
昨日の巨大地震の規模を報道の早い段階から、阪神・淡路の約180倍、関東大震災の22倍と表現したほうが私はよいと考えています。

●普通の尺度への意味
私はここ数年の世界の傾向は、百年、千年、万年単位の大きな枠が変わりつつあると信じています。
WEB上のある説によりますと、数日前の3月9日に「第9サイクル突入」したといわれます。ここでは詳しく述べませんが、その説によりますと3月11日は「怒りの日」として重要な日としていました。
第9サイクルの期間は234日で、今年の10月19日~20日をミッドポイントとし、「結実」で終わるそうです。第9サイクルに興味がある方は、WEB上で探してください。

さて、普通の尺度への意味ですが。
専門家だけに通じる尺度への分かりにくさだけではないのです。
それは、従来の文明文化が慣れ親しんだ量と質の単位範囲がここ数年で桁違いに変化しつつあると実感しているためです。
従来の私たちの日常生活で聞き慣れた極大と極小の単位は、次表■の10^12(^は乗)テラ(tera)一兆(ちょう)がパソコンなどで、10^-9ナノ(nano)一塵(じん)、10^-12ピコ(pico)一漠(ばく)等も見聞きしていると思います。
ここ数年では、経済界で10^15ペタ(peta)千兆(ちょう)や、先端物理学で10^-15フェムト(femto)一須臾(しゅゆ)が知られつつあります。
我が国では、これらの単位は、英語やカタカナで知られていると思いますが、戦前までは漢数字表記、命数法(数詞を用いて数を表す命数(めいすう)の方法)は、落語のじゅげむ(寿限無:限り無い長寿)を例にとるように、よく知られた単位でした。
かく言っているのに、表■に示したのは欧米の3桁単位で、漢字の4桁単位を省略しています。
欧米の3桁と漢字の4桁単位の文明文化が、今年1年で融合するかもしれないという説を先ほどの述べたわけです。
マグニチュードを一般的エネルギー量である単位に換算すると、暗算でもその量の大小が分かります。
エネルギー量そのものが分かりにくいのですが、エネルギー量の基本単位:ジュール(J)で説明しますと、1ジュールは、地球上でおよそ102グラム(卵・小玉2個くらいの重さ)の物体を1メートル持ち上げる時の仕事に相当します。

昨日3月11日が「怒りの日」として特別の日なのかは分かりませんが、普通の尺度の観点から言いますとマグニチュード8.8は、ぴったり百京ジュール、1エクサ(exa)ジュールなのです。
我々の文明文化に自然現象として、百京、1エクサが目を背けたくなるほど、悲しく恐ろしく立ち現れたのです。

■表 国際単位系(SI)における接頭辞
10^n  接頭辞  記号 漢数字表記 命数法
10^24  ヨタ(yotta) Y 一秭(じょ)
10^21  ゼタ(zetta) Z 十垓(がい)
10^18  エクサ(exa) E 百京(けい、きょう)
10^15  ペタ(peta) P 千兆
10^12  テラ(tera) T 一兆(ちょう)
10^9   ギガ(giga) G 十億(おく)
10^6  メガ(mega) M 百万(まん)
10^3  キロ(kilo) k 千(せん)
10^2  ヘクト(hecto) h 百(ひゃく)
10^1  デカ(deca,deka)da 十(じゅう)
10^0  なし なし 一(いち)
10^-1  デシ(deci) d 十分の一 一分(ぶ)
10^-2  センチ(centi) c 百分の一 一厘(りん)
10^-3  ミリ(milli) m 千分の一 一毛(もう)
10^-6  マイクロ(micro)ミュー 百万分の一 一微(び)
10^-9  ナノ(nano) n 十億分の一 一塵(じん)
10^-12  ピコ(pico) p 一兆分の一 一漠(ばく)
10^-15  フェムト(femto)f 千兆分の一 一須臾(しゅゆ)
10^-18  アト(atto) a 百京分の一 一刹那(せつな)
10^-21  ゼプト(zepto) z 十垓分の一 一清浄(しょうじょう)
10^-24  ヨクト(yocto) y 一ジョ分の一 一涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)

『いま、テレビでは阪神・淡路の千倍と阿部先生コメントしているので、私の計算が間違えているのか検証しましたが、約180倍で間違いなさそうです。』

●百京、1エクサの次の桁へ
百京、1エクサ ジュール(EJ)レベルのエネルギー量の比較事例をあげます。
  参照 wikipedia エネルギーの比較 単位の換算
 1.06 EJ 日本の原子力発電量(2002年)
 1.31 EJ イギリスで1年間に発電された総電力量(1999年)
 2.00 EJ マグニチュード 9の地震のエネルギー
 3.95 EJ 日本国内で1年間に発電された総電力量(2002年)
 9.64 EJ イギリスで1年間に消費されたエネルギー(1999年)
 10 EJ ピナツボ火山の噴火(1991年,フィリピン)で発生した熱エネルギー
 426 EJ 世界で1年間に消費されたエネルギー(2001年)
 620 EJ 1時間あたりに太陽から地球に届くエネルギーの総量

百京、1エクサの次の桁は、10^21ゼタ(zetta)十垓(がい)です。
この桁のエネルギー量の比較事例は。
 7.4 ZJ 世界の石油の推定埋蔵量(2003年)
 15 ZJ 24時間あたりに太陽から地球に届くエネルギーの総量
 39 ZJ 世界の化石燃料の推定埋蔵量(2003年)

比較事例を挙げた理由は、今年中に次の桁であるゼタ・十垓(がい)のエネルギーを我々人類は眼前に経験するのではないかと直感しているためです。
それは、昨日の地震について量的エネルギーの桁違いに着目したように、質的と言うか、この悲劇的災害が我々に語りかける、生きのびることと死んでしまうと言う現実に立ち向かい、桁違いの発想で対応を迫られていると考えるからです。
言い換えれば、従来の生活価値観のまま、失ったものへの執着が強すぎると、悲しみが増幅してしまい、新しい世界の扉は開けられないと思うからです。
なにも、次の桁違いの世界に遭遇することが、悲劇的災害だけではないと想像するからです。

被災された方々のふるさとが、恐ろしい風景となっているのが、ひしひしと伝わってきます。
しかし、新たな生活は、また、そのふるさとの土地から始まると確信しています。
津波被害にいま立ち向かっている方々に、私などがなにも出来ませんが、ふるさとの自然が持つ恐怖の面だけでなく、たおやかで優しく豊かな面があり、そちらの時間のほうが圧倒的に永かったことを思い出してくださいと、申し上げさせてください。

松埜緑 拝

«  | ホーム |  »

プロフィール

Roku Matsuno

Author:Roku Matsuno
'65 愛知県立名古屋西高等学校卒
'71 武蔵野美術大学 造形学部 建築学科 都市環境専攻 卒
建築土木造園、都市計画や地域活性化などランドスケープ・アーキテクト(国土景観建築家)です。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

共生共死試案 (6)
地域再生案 (7)
未分類 (0)

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。